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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5530号 判決 1958年7月19日

原告 望月荘平

被告 小川孜

主文

被告は訴外都筑弘から金四十五万六千八百円の支払を受けると引換えに原告に対し別紙第一目録記載の宅地の内八十七坪七合五勺(別紙図面に表示するABCDの各点を順次結んだ直線によつて囲まれる部分)の上に存する別紙第二目録記載の建物及び右八十七坪七合五勺の土地を明渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を被告、その一を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙第二目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の宅地の内主文第一項に掲げる八十七坪七合五勺の部分を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

原告は昭和三十年九月一日以来訴外都筑弘からその所有にかかる別紙第一目録記載の宅地の内百九十六坪二合七勺(別紙図面に表示するBCEFの各点を順次結んだ直線によつて囲まれる部分)を賃借している。被告は原告の右賃借土地の内南側の部分八十七坪七合五勺(別紙図面に表示するABCDの各点を順次結んだ直線によつて囲まれる部分。以下本件土地という。)の上に別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有し、その敷地として本件土地をその所有者である訴外都筑弘に対抗し得る正当な権限なく占有している。このため原告は本件土地に対する賃借権に基く使用収益を妨害されているので、これが保全のため、本件土地の賃貸人である訴外都筑弘の被告に対する所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して、被告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求するため本訴に及んだ。

と述べ、抗弁に対する反駁及び再抗弁として、

一、(一) 被告主張の抗弁事実中、訴外秋山明が昭和二十三年頃から本件土地を含む百九十六坪二合七勺の土地を訴外都筑弘より賃借し、その上に本件建物を所有していたこと及び被告が本件建物につき被告主張の経過により所有権を取得してその登記を経由したことは認めるが、被告がその主張する如く本件建物の敷地に対する賃借権を譲受けたこと及び原告が被告主張のような目的から訴外都筑弘と土地賃貸借契約を締結したことは否認する。元来土地の賃借人がその賃借地上に所有する建物に対する強制競売手続において競落により当該建物の所有権を取得した者は、その建物の所有者がその敷地に対して有していた賃借権を当然に譲受ける道理はないのみならず、訴外秋山明は被告が本件建物の所有権を取得した時より以前即ち昭和三十年一月頃かねて訴外都筑弘から賃借中であつた本件土地を含む前掲百九十六坪二合七勺の土地につき賃借権を放棄したのであるが、土地の賃借人がその賃借地上に所有する建物につき強制競売を受けた後にその敷地の賃借権を放棄したとしても、競売の目的たる建物の所有権とその敷地の賃借権とは元来別個のものであるから、民事訴訟法第六百四十四条第二項の規定に違反するものでないことは当然であるから、仮に建物の競落に伴つてその敷地の賃借権も同時に競落人に移転するとの被告の所論を是認するとしても、被告が競落により本件建物の所有権を取得した当時には既に本件建物の敷地に対する訴外秋山明の賃借権は消滅していたのであつて、被告が訴外秋山明から本件建物の敷地に対する賃借権を承継し得るいわれはない。

(二) 仮に被告が本件建物の競落に伴つてその敷地につき訴外秋山明の有していた賃借権を譲受けたことが認められるとしても、被告がその賃貸人である訴外都筑弘の承諾を得たことを主張していない以上、被告は訴外都筑弘に対し右賃借権の譲受を主張し得るものではない。

(三) 従つて原告と訴外都筑弘との間の賃貸借契約(この契約の締結された経緯は後述の通りである。)が民法第九十条の規定に違反して無効であるとの抗弁及び被告が訴外都筑弘に対する賃借権に基いて本件土地を適法に占有しているとの抗弁はいずれも失当である。

二、被告主張の権利濫用の抗弁も理由がない。

(一)  原告が訴外秋山明の妻の弟であり、同人とともに本件建物に隣接する訴外秋山権所有の建物に居住していたところ、訴外復興建築助成株式会社の申立により開始された本件建物に対する強制競売手続の進行中に原告が本件土地を含む百九十六坪二合七勺の土地を訴外都筑弘から賃借したことは、被告の主張する通りであるが、その経緯は以下の通りである。前述の如く訴外秋山明が訴外都筑弘に対しかねて賃借中の土地に対する賃借権を放棄して昭和三十年一月頃静岡へ転住してしまつたため、訴外都筑弘は本件建物の隣家に住んでいた原告に右土地の賃借を要請したので、原告は父親の訴外望月重春が代表者となつている訴外千代田木材株式会社においても右土地の一部を使用する必要もあり、且つ原告自身が居住していた訴外秋山権所有の建物(この建物は、その後昭和三十年十二日十四日原告が訴外秋山権から買受けた。)がその上に存したところから、右土地を賃借するに至つたのであつて、決して被告主張の如く本件建物に対して進行中の強制競売手続を妨害したり牽制したりすることを目的として右土地につき賃貸借契約を締結したものではない。そもそも訴外復興建築助成株式会社の申立により開始された本件建物に対する強制競売手続においては、訴外秋山明に対し昭和三十年四月五日の第一回競売期日の通知はなされたが、同人が静岡に転居したため、その後の期日の通知が不送達となつていたところ、昭和三十一年十一月十五日の第六回競売期日の通知を受けたので、訴外秋山明は前記会社に金三万円ばかりを支払つて右期日に競売の申立を取下げてもらつたのであるが、これより先昭和三十年三月三十日訴外スター礦油株式会社からの本件建物に対してなされた競売の申立が執行記録に添附されており、訴外秋山明はそのことを知らなかつたため、競売手続が続行された結果被告が本件建物を競落するに至り、訴外秋山明は固より原告も本件建物の所有権を確保する機会を失したのである。

(二)  被告がもと訴外秋山明から本件建物を賃借していたこと及び訴外秋山明が静岡へ移転した後は原告が被告からその賃料を取立てていたことは被告の主張する通りであるが、原告は訴外秋山明の代理人として被告から賃料を受領していたに過ぎず自ら本件建物を被告に賃貸したようなことは勿論ないし、原告の父親の訴外望月重春又は訴外千代田木材株式会社が被告の主張する如く本件建物を自由に処分し得る権限を有していたような事情もない。

(三)  本件建物の最低競売価格は最初金二十五万円と定められたのであるが、競落人がないため順次低減され、結局被告が金十万四千円で競落したのである。被告は本件建物を競落したとはいえ、その敷地につき訴外秋山明の有していた賃借権を取得しなかつたことは上述した通りであるが、原告はそれにもかかわらず、被告より本件建物を時価で買取ることを辞するものではなく、本件における鑑定人立花寛の鑑定の結果によれば本件建物の時価は金二十六万三千八百八十八円で、被告が本件建物の競落代金として支払つた金十万四千円の倍額を優に超過するのであるから、被告において本件土地を明渡さなければならないことになつても、被告の蒙るべき現実の損害は十分に補償される訳である。のみならず被告は本件建物をその主張のような工場に使用しているけれども、本件土地及びその附近一帯の地域は建築基準法に基き昭和二十九年一月より住宅専用地区に指定され、且つ右工場については当時既に設置されていた原動機の馬力数又は機械台数の各二分の一を超えて機械を増設することは制限されたにかかわらず、被告はあえてこの制限に違反したばかりでなく、被告が本件建物を工場に使用するため近隣の居住者は騒音に悩まされている実情にあるところからいつても、原告が被告に対して本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求することが権利を濫用するものであるとか、信義則に反するものであるとかいう被告の主張は単なる言掛り以上の何物でもない。元来被告はあらかじめ本件建物の敷地につき賃借権その他の用益権を取得し得るかどうかを確めることなく、漫然本件建物を競落したものであるから、その収去を原告より請求されても、自らの過失により招いたものというべく、原告を非難するのは不当も甚だしいといわねばならない。

三、被告主張の如き本件建物の買取請求の意思表示がその主張の日時訴外都筑弘に到達したことは認めるが、本件建物の時価が金五十五万円であることは争う。被告は本件建物の敷地につき訴外秋山明から賃借権を譲受けたものでないことは上述したとおりであるから、訴外都筑弘にはそもそも本件建物の買取義務はないのである。

と述べ、

立証として甲第一号証、第二号証の一、二及び第三号証を提出し、証人都筑弘、同秋山明及び同望月重春の各証言、原告本人尋問の結果並びに鑑定人立花寛の鑑定の結果を援用し、乙号各証の成立(乙第四及び第八号証についてはその原本の存在及び成立)を認めると述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、別紙第一目録記載の宅地が訴外都筑弘の所有であること、原告がその主張の日時右宅地の内その主張の百九十六坪二合七勺を訴外都筑弘から賃借する契約を締結したこと及び被告が本件建物を所有しその敷地を占有していること(但しその坪数は本件土地を含む約百坪である。)はいずれも認める。

と述べ、抗弁として、

一、原告が訴外都筑弘から賃借したと主張する本件土地を含む百九十六坪二合七勺の土地は昭和二十三年頃から訴外秋山明が訴外都筑弘より賃借してその上に本件建物を所有していたところ、昭和二十九年十一月二日なされた訴外復興建築助成株式会社の申立により本件建物に対して開始された強制競売手続において、昭和三十年十一月十六日被告が競落により本件建物の所有権を取得し、昭和三十一年四月五日その所有権移転登記を経由したので、被告は本件建物の所有権とともに、その敷地について訴外秋山明が訴外都筑弘に対して有していた賃借権を取得したのであるが、訴外秋山明の妻の弟に当る原告は右競売手続の進行中本件建物を競落した者がその敷地に対して訴外秋山明の有する賃借権をも取得することを妨害するだけの目的で訴外秋山明が賃借中の右土地を重ねて訴外都筑弘から賃借したのである。

叙上の経緯に鑑みるときは、

(一)  原告と訴外都筑弘との間に締結された右賃貸借契約は民法第九十条の規定に違反して無効であるから、原告は本件土地につき賃借権を有するものでなく、従つてその主張の如く訴外都筑弘に代位して本訴を提起する権限もない訳である。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、被告は、前叙のとおり競落により本件建物の所有権を取得すると同時に、訴外秋山明が訴外都筑弘との賃貸借契約に基いて本件土地を含む敷地について有していた賃借権をも譲受けたのであつて、この賃借権に基いて適法に右敷地の上に本件建物を所有しているのである。なお、被告が右土地の賃借権を譲受けたについて訴外都筑弘の承諾を得たかどうかは、本件土地に対する被告の占有が正当な権原に基くか否かの点については何等の消長をも及ぼすものではない。

二、仮に右各主張がすべて理由がないとしても、原告が被告に対して本件土地の明渡を請求することは、以下において述べる諸般の事情を考え合せれば権利の濫用であつて許されるべきではない。

(一)  原告がもと本件土地を含む百九十六坪二合七勺の土地を訴外都筑弘から賃借してその上に本件建物を所有していた訴外秋山明の妻の弟であることは、上述したとおりであり、しかも原告は訴外秋山明の右賃借地上に同人の兄の訴外秋山権が本件建物に隣接して所有していた建物に訴外秋山明とともに居住していたのであつて、前述の如く訴外秋山明が訴外復興建築助成株式会社から本件建物に対して強制競売の申立を受け、その手続が進行していることを知悉しながら、その完結前である昭和三十年九月一日に右競売の目的土地につき訴外都筑弘と賃貸借契約を締結したのである。ところで原告は右土地を賃借するにつき特にこれを使用収益する必要は全くなかつたのであり、右競売手続において本件建物が他に競落されれば、訴外秋山明においてその敷地に対して有する賃借権も競落人に移転することにならざるを得ず、延いては原告と訴外秋山明とが同居中の訴外秋山権所有の前記建物も収去しなければならなくなるおそれがあつたため、これを阻止するとともに本件建物に対する強制競売手続を牽制する目的で前示のような土地賃貸借契約を締結したのである。

(二)  被告は競落により本件建物の所有権を取得する以前これをその所有者である訴外秋山明から賃借していたのであるが、同人が昭和三十年一月頃静岡へ移転してから後は、右競落当時まで原告が被告から本件建物の賃料を取立てていたのであり、しかもこの間本件建物は原告の父の訴外望月重春又は同人が代表者である訴外千代田木材株式会社がいつでも自由に処分する権限を訴外秋山明から附与されていて、実質的には訴外望月重春又は訴外千代田木材株式会社がこれを所有するのと異らないものであつたので、さればこそ原告が訴外都筑弘と前述の土地賃貸借契約を締結する際にも訴外望月重春が専らその衝に当つたのである。のみならず原告が居住していた訴外秋山権所有の前記建物については右土地賃貸借契約締結後に原告に対する所有権移転登記が経由された。このような事情に顧みるときは、原告が本件土地の賃借権者として被告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求するのは、恰も土地の所有者が自らその地上に所有する建物をその賃借人に譲渡しておきながら、敷地の利用権は与えなかつたと主張して当該建物を収去してその敷地の明渡を請求するにも等しく、極めて信義に反するものというべきである。

(三)  被告は訴外秋山明から本件建物を賃借していた間賃料を滞りなく支払う等何の不信行為もなく、その敷地につき原告が賃借権を取得したことは全く知らなかつたため、本件建物の所有権を取得すれば当然に敷地の賃借権も譲渡されるものと信じて本件建物を競落したのである。被告は本件建物を機械部品の仕上加工の工場として使用しているのであるが、新な工場の設置につき監督官庁の許可を得ることが困難なことを思えば、本件建物を収去することにより重大な損失を蒙ることは明らかであるところ、原告は必ずしも本件土地を使用収益しなければならない必要もなく、これを含む百九十六坪二合七勺の土地を訴外都筑弘から賃借したことは前述の通りである。しかも訴外都筑弘は本件土地の使用収益に関する原被告間の紛争につき示談の斡旋に努めた程であつて、被告に対し特に本件土地の明渡を請求する意思もないことを明言しているのである。

三、仮に被告が本件土地に対する賃借権を譲受けるにつき訴外都筑弘の承諾を得なかつたため、右賃借権の取得をもつて訴外都筑弘に対抗することができず、且つ、原告が同人に代位して被告に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきことを請求し得る権限を有するとしても、被告は訴外都筑弘に対し昭和三十二年一月二十五日発信、翌二十六日到達の内容証明郵便をもつて、借地法第十条の規定により本件建物の買取を請求したのであるから、同人よりその買取代金として当時における本件建物の価格である金五十五万円の支払を受けるまで、本件建物の敷地として本件土地を占有し得べく、従つて訴外都筑弘の土地所有権に基く妨害排除請求権を代位行使する原告もまた訴外都筑弘から被告に対し右買取代金が支払われない限り、被告に対し無条件に本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきことを請求することは許されない筋合である。

と述べ、再抗弁に対する反駁として、

訴外秋山明が原告主張の日時、当時本件土地を含む百九十六坪二合七勺の土地に対して有していた賃借権を放棄する旨の意思表示を賃貸人の訴外都筑弘に対してしたことは認める。しかしながら右放棄の意思表示は本件建物に対して強制競売が開始されて本件建物につき差押の効力を生じた後になされたものであるから、民事訴訟法第六百四十四条第二項の規定の適用により、本件建物の所有者である訴外秋山明はその敷地に対する賃借権を任意に処分することを制限されていたのであり、従つて同人のした右賃借権放棄の意思表示は被告に対しその効力を及ぼし得ないものというべきである。

と述べ、

立証として、乙第一号証の一乃至八、第二及び第三号証の各一、二、第四乃至第十号証(第四及び第八号証は写)、第十一号証の一乃至三並びに第十二号証を提出し、証人都筑弘の証言、原告及び被告各本人尋問の結果並びに鑑定人川口長助の鑑定の結果を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、原告と訴外都筑弘との間に昭和三十年九月一日、原告が訴外都筑弘からその所有にかかる別紙第一目録記載の宅地の内本件土地を含む原告主張の百九十六坪二合七勺を賃借する旨の契約が締結されたこと及び被告が本件建物を所有し、その敷地として右百九十六坪二合七勺の内少くとも本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二、被告は、原告と訴外都筑弘との間の前記土地賃貸借契約が民法第九十条の規定に違反するとして、原告が右賃貸借契約の目的土地につき賃借権を有することを争うのでまずその当否について判断するに、この点に関する被告の主張は、原告が本件建物に対する強制競売手続における競落人においてその敷地につき訴外秋山明の有した賃借権をも併せ取得することを妨害するだけの目的によつて、重ねて右敷地を訴外都筑弘から賃借する契約を締結したことが公の秩序又は善良の風俗に反するということをその立論の根拠としているのであるが、原告と訴外都筑弘との間の右賃貸借契約が被告の主張するような目的の下に締結されたことを認め得る証拠は皆無であり、かえつて右賃貸借契約を締結する当時原告は本件建物が強制競売中のものであつたことすら知らなかつたことは、後段四において詳述する通りであるから、被告の右抗弁は排斥を免れないものといわざるを得ない。

三、そこで進んで被告が本件土地につき訴外都筑弘に対抗し得る賃借権を有するかどうかについて考察することとする。

この点に関する被告主張事実中、訴外秋山明が訴外都筑弘からその所有にかかる別紙第一目録記載の宅地の内原告主張の百九十六坪二合七勺を昭和二十三年頃より賃借し、その地上に本件建物を所有していたところ、原告主張の強制競売手続において、昭和三十年十一月十六日被告が本件建物を競落してその所有権を取得し、昭和三十一年四月五日その所有権取得登記を経由したことは当事者間に争いがないところ、被告は右の如く競落により本件建物の所有権を取得すると同時に、その敷地につき訴外秋山明が訴外都筑弘との賃貸借契約に基いて有していた賃借権をも譲受けたと主張するのに対して、原告は元来建物の所有権とその所有者が敷地に対して有する賃借権とは別個のものであるから、建物のみを目的とする強制競売手続においてこれを競落した者に対する建物所有権の変動に伴つてその敷地の賃借権が当然に移転する道理はないばかりか、訴外秋山明は被告が競落により本件建物の所有権を取得する前既に昭和三十年一月頃本件建物の敷地についての賃借権を放棄したのであるから、本件建物を競落した被告がその敷地の賃借権を訴外秋山明から譲受けるということは有り得べからざることであると抗争する。成程原告の主張する通り、土地の賃借人がその地上に所有する建物の所有権とその敷地の賃借権とは、土地と建物をそれぞれ独立の不動産として取扱うわが民法の下においては別個の権利であつて、各別に処分の対象となり得べきものであるから、建物を目的とする強制競売手続における競落に基く建物所有権の移転は必然的にその敷地の賃借権の譲渡を伴うものではないとの議論も一応は成立ちそうに思えるのであるが、そもそも建物の所有権はその敷地の利用権と相待つて始めてよくその機能を発揮し得べきものである。土地の賃借人がその賃借地上に所有する建物を任意に処分した場合において、特別の事情のない限りはその敷地に対する賃借権をも併せ譲渡したものとみるのが当事者の合理的な意思に合致するものと一般に解釈されているのも右のような根拠に基くものというべきである。別な角度からいえば建物の敷地の賃借権はその地上建物の所有権に従たる権利として従物に準ずべき性質を有するものと解するのが相当であり、従つて土地の賃借人が当該賃借地上に所有する建物に対する強制競売は従たる権利であるその敷地の賃借権にも及び、競落により建物の所有権を取得した者は、その敷地の賃貸人に対する対抗の問題は別として、賃借人との関係においては当該建物の敷地についての賃借権をも併せて譲受けるものというべきである。

しかしながら本件において被告が本件建物の競落によりその敷地の賃借権をも取得したといい得るためには、今一つ解決を要する問題が残されている。それは外でもない。被告が本件建物を競落した当時訴外秋山明がその敷地につき賃借権を有していたかどうかということである。訴外秋山明が被告において本件建物を競落するより前即ち昭和三十年一月頃本件建物の敷地について有していた賃借権を放棄する旨の意思表示を賃貸人である訴外都筑弘に対してしたことは当事者間に争いがないところ、民事訴訟法第六百四十四条第二項の規定により、強制競売手続においてその所有建物を差押えられた債務者はその利用及び管理をすることは妨げられないが、これを処分しても債権者従つて競落人に対抗することはできないのであるから、訴外秋山明の前記土地賃借権の放棄が強制競売の目的物の処分に当るかどうかについて考えるに、上述したところによつて知り得る通り、

土地賃借人がその賃借地の上に所有する建物を強制競売手続において差押えられた場合には、その差押の効力は建物所有権に従属する権利たる敷地の賃借権にも当然及ぶべきものであるから、訴外秋山明がした本件建物の敷地の賃借権の放棄は、本件建物を競落した被告に対する関係においては無効であると解すべく、しからば被告は競落により本件建物の所有権を取得したと同時にその敷地の賃借権をも譲受けたものといわなければならない。

ところが被告は右土地賃借権の譲受につき訴外都筑弘の承諾を得たか否かは、被告の本件土地に対する占有が正当な権原に基くものであるとの点につき無関係であるとしてその主張も立証もしないのである。しかしながら賃借権の譲渡は、たとえ強制競売の結果によるものである場合においても、賃貸人の承諾を得ない限りこれに対抗することができないことは疑いの余地のないところであるから、被告は訴外都筑弘に対し本件建物の敷地につき賃借権を有するものとして、右敷地の占有が訴外都筑弘に対抗し得る正当な権原に基くものであると主張し得ないことは当然である。

四、そこで更に被告主張の権利濫用の抗弁について判断する。

(一)  原告が本件土地を含む百九十六坪二合七勺を訴外都筑弘から賃借してその土地の上に本件建物を所有していた訴外秋山明の妻の弟であり同人とともに本件建物に隣接する同人の兄の訴外秋山権所有の建物に居住していたこと及び原告が訴外都筑弘から従来訴外秋山明において賃借していた前記百九十六坪二合七勺を賃借した昭和三十年九月一日当時には既に本件建物に対し訴外復興建築助成株式会社よりの申立に基き強制競売手続が進行中であつたことは当事者間に争いがないところ、被告は原告が右強制競売手続中であることを知りながら、本件建物の競落人にその敷地の賃借権が移転することを牽制するためのみの目的で、訴外都筑弘から右敷地を賃借した旨主張するのであるが、そのような事実を認め得る証拠はなく、かえつて証人秋山明、同都筑弘及び同望月重春の各証言並びに原告本人尋問の結果と成立に争いのない乙第五号証及び第九号証によれば、訴外秋山明は前記建物において営んでいた木材及び薪炭の販売業に失敗し、原告の父親である訴外望月重春が代表者をしている訴外千代田木材株式会社に対し相当な木材の買掛代金の未払があつたところから、訴外望月重春の勧めによつて新たに営業を始めて再出発すべく、昭和二十九年十二月末頃静岡に転住したのであるが、その際訴外都筑弘に対し前記土地の賃貸借契約については訴外望月重春と協議の上適当に処置を講じてもらいたい旨申残し、訴外望月重春に対しても同様依頼して行つたこと、訴外望月重春は当時本件建物に対して強制競売が開始されていたことを知らず(この点については更に後述する。)、自ら賃料を支払つて訴外秋山明を賃借人としたままで賃貸借契約を継続すればよいと考えていたところ、その後訴外都筑弘から訴外秋山明に賃貸中の土地を買取るようにとの申込があり、折衝の結果、原告の名において右土地を目的として昭和三十年九月一日訴外都筑弘と賃貸借契約を締結したこと(この賃貸借契約の締結については当事者間に争いがない。)、訴外秋山明は静岡へ移転する以前に本件建物に対し訴外復興建築助成株式会社から競売の申立がなされたことを知つていたが、自らの責任において解決するつもりで訴外望月重春にはその事実を告げることをせず、事実被告が本件建物を競落するに先立つて昭和三十年十一月頃までに、一部は訴外望月重春から借受けた金員をもつて右訴外会社に対する債務を弁済して本件建物に対する強制競売を取下げてもらつたが、別に訴外スター礦油株式会社からの本件建物に対する強制競売申立が執行記録に添附されていたため、そのまま競売手続が続行され、被告が本件建物を競落するに至つたことが認められる。

右認定事実に成立に争いのない甲第二号証の一、二と証人秋山明及び同望月重春の各証言とにより認められる訴外望月重春が昭和三十年十一月十一日附の手紙で訴外秋山明に対し、原告と訴外都筑弘との間に前述の土地賃貸借契約が締結されたので、その地上建物につき速やかに原告に対し所有権移転登記をなすべき旨請求していることを併せ考えるときは、原告は勿論訴外望月重春においても本件建物に対し強制競売の申立があつたことを知らないで、その敷地を原告が訴外都筑弘から賃借する契約を締結したことが一層明白であり、この点に関する反証はない。

してみると原告が本件建物につき進行中の強制競売手続を牽制し妨害することを目的として本件建物の敷地につき訴外都筑弘と賃貸借契約を締結したという被告の主張は失当である。

(二)  次に証人秋山明及び同望月重春の各証言並びに原告本人尋問の結果と成立に争いのない乙第五号証、第九号証及び第十二号証によれば、訴外秋山明は、前掲認定の如く静岡へ移転するに当り訴外千代田木材株式会社に対し相当額の債務を負担していたところから、その弁済の方法として訴外都筑弘から賃借中の土地の上に所有していた本件建物の処分及びその敷地の賃貸借契約についての処置を訴外望月重春に一任して行つたこと及び原告と訴外都筑弘との間に前示土地賃貸借契約が締結された後に、右地上に存し、原告が訴外秋山明とともに居住していた訴外秋山権所有の建物につき昭和三十年十二月十四日原告のため売買名義による所有権移転登記が経由されたことが認められ、以上認定を左右するに足りる証拠はなく、一方被告が競落によりその所有権を取得する以前本件建物を訴外秋山明から賃借していたことは当事者間に争いがないところであるけれども、原告が訴外都筑弘と締結した前記賃貸借契約に基く本件土地についての賃借権を保全するため訴外都筑弘の所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して被告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求することが、被告の主張する如く土地の所有者においてその地上に所有する建物をその賃借人に譲渡しておきながら、敷地の利用権は与えなかつたと称して当該建物を収去してその敷地の明渡を請求するにも等しい著しく信義に反するものであるとは到底解し難いといわねばならない。

(三)  被告本人尋問の結果によると、被告は本件建物を訴外秋山明から賃借していた当時より自動車の部分品の製造工場として使用して来たことが認められ、もし原告の請求によりその敷地を明渡すため本件建物を収去しなければならないことになれば相当の損害を蒙らざるを得ないことは推察するに難くないところであるが、被告において本件土地の上に本件建物を所有するにつき本件土地の所有者である訴外都筑弘に対抗し得る何等正当の権原を有しないのに反して、原告は訴外都筑弘との賃貸借契約に基き本件土地に賃借権を有することが上来判示した通りである以上、本件建物を収去して本件土地を明渡すことにより被告が損害を蒙るべきことを理由に原告の請求が権利を濫用するものであると断じ得ないこと明白である。

これを要するに被告の主張する権利濫用の抗弁は到底採用に値しないものというべきである。

五、最後に本件建物の買取請求に関する被告の抗弁について審究するに、前叙の通り被告は競落により本件建物の所有権を取得すると同時に、訴外秋山明が本件建物の敷地について有していた賃借権をも譲受けたものであるところ、右賃借権の譲受につき賃貸人である訴外都筑弘の承諾が与えられたことは認められないのであるから、被告が訴外都筑弘に対して本件建物の買取を請求する権利を取得したことは明らかである。

ところで被告が昭和三十二年一月二十五日内容証明郵便をもつて訴外都筑弘に対し本件建物の買取を請求する旨の意思表示を発し、これが翌二十六日同人に到達したことは当事者間に争いのないところであるので、被告と訴外都筑弘との間にかくして本件建物についてその時価による売買契約が成立したと同一の法律効果が生ずるに至つた訳であるところ、被告は右時価を金五十五万と主張するがその証拠はなく、鑑定人川口長助の鑑定の結果により、右買取請求当時における本件建物の時価は金四十五万六千八百円と認める。右認定に反する鑑定人立花寛の鑑定の結果は採用しない。

してみると被告は訴外都筑弘が右に認定した本件建物の買取代金四十五万六千八百円を支払うときまで本件建物を占有し、且つそのためにその敷地の明渡をも拒否し得るものであるところ、原告の本訴請求は原告と訴外都筑弘との間の賃貸借契約に基く本件土地に対する賃借権を保全するため本件土地に対する訴外都筑弘の所有権に基く被告に対する妨害排除請求権を代位行使するものであるから、被告は訴外都筑弘が自ら被告に対して右妨害排除請求権を行使する場合と同様に、訴外都筑弘に対して有するすべての抗弁を本訴においても主張し得べきものである。

してみると被告は訴外都筑弘から本件建物の買取代金として先に認定した金四十五万六千八百円の支払を受けると引換えに原告に対し本件建物及び本件土地を明渡せば足り、それ以上に本件建物を収去して本件土地を明渡すべき責任はないものというべきである。

六、よつて原告の本訴請求を右に判示した限度においてのみ認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十二条を適用して主文の通り判決する。なお、この判決に仮執行の宣言を付する必要はないものと認め、この点に関する原告の申立は却下することとする。

(裁判官 桑原正憲 佐藤恒雄 野田宏)

第一目録

東京都杉並区西田町一丁目四百五十六番の一宅地三百五十五坪八合

第二目録

東京都杉並区西田町一丁目四百五十六番地の一所在(公簿上の所在地番は同所四百五十四番地)

家屋番号同町四百五十四番二

木造瓦葺(現況は亜鉛メツキ鋼板葺)平家建居宅兼工場一棟建坪二十七坪

(北側に巾一間半、長さ六間半、約九坪七合五勺及び東側に巾三尺、長さ三間、約一坪五合の各下屋附)

附属

一、木造ルーフイング葺平家建居宅 一棟

建坪三坪

図<省略>

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